甘い痛みはセブンの果てに~彼女に恋した1年間~
セブンイレブンのドリア・グラタンコーナーにたたずむ彼女。
「新商品」という赤いコサージュを身につけ、往来する人々の視線を引き付ける。
しかし、わたしだけは彼女のことを知っているのであった。
そう、たとえ彼女が私を覚えていなくても…。
出会い
思えば、私と彼女の出会いは去年にまでさかのぼる。
それは、まさに運命としか言いようがなかった。
社会の荒波(※夏バテ)にもまれた私は、くたくたの足を引きずりながら『深夜のセブンイレブン』へ向かった。
疲れからか全く食欲はわかない。
しかし、何か食べなければ疲れは取れないだろう。
仕方なくいつもの、冷凍ブルーベリーで夕飯を済ませよう…。
そう思って冷凍食品コーナーへ向かうとき、彼女と私の運命の赤い糸がひかれあったのだ。
「アンタ…ひとり?」
「そうよ」
「よかったら…アタシを買ってみない?」
「でも私には…ブルーベリーが」
「……知ってる?トウモロコシは、甘いってコト…」
彼女の口車に乗せられて、私はまんまと彼女を買うことになってしまった。
最初はもちろん後悔した。
この夏バテした体で、チーズの…ましてや、ベーコンまで入ったグラタンなんて食べられるのか?と。
しかし、彼女は傷心の私をやさしく包んでくれた。
そう、彼女の言う、コーンの甘さで…。
それからは言うまでもないだろう。
私と彼女は深く、深く愛し合った。
食事のたびにセブンイレブンで彼女を求め、売ってなければほかの店舗にまで車を走らせ、いつなんどきも彼女を求めていた。
本当に…幸せだった。
そう、幸せ「だった」のだ。
別れ
「終売…?」
「はい、コーンのグラタンは季節限定だったので」
終わりは突然訪れた。
彼女の父(※セブンイレブン)が、彼女を売りに出すのをやめてしまったのだ。
「なんで…?冷凍コーンは通年で売っているくせに!」
思わずセブンイレブンの店員につかみかかりそうになるが、ぐっとこらえる。
仕方ない。彼らもまた彼女の父のもとで、仕方なくやっていることなのだ。
「そこになければないですね」としか言いようがない、ダイソーの店員さんのように。
ないものは、ないのだ。
荒れた生活
それからの私は荒れに荒れた。
冷凍ナポリタンと、セブンイレブンの冷凍たこ焼きを喰らう日々。
冬には、白菜ときゅうりと大葉の漬物と、マルちゃんのおもちすぅぷばかり食べる日々。
彼女の穴を埋めようと色々なものを試すも、ただただ時間だけが過ぎていく日々。
それでも、私は彼女の甘みを忘れることはなかった。
再会
「アンタ…ひとり?」
突然の豪雨に、みじめな思いでセブンイレブンへ逃げ込んだ私に、ふと声がかかった。
「よかったら…アタシを買ってみない?」
新商品を示す、赤いコサージュを身に着けた彼女は、わたしに語り掛ける。
「買わないわけ、ないじゃない…」
手に持っていた冷やし中華を棚に戻し、彼女を抱きかかえると、377カロリーの重みを腕に感じる。
以前は414カロリーあったのに…少し痩せたかしら?
…いいえ、今はそんなことどうでもいい。
──彼女が戻ってきた。
現実感は全くないのに、ふつふつと喜びがこみあげてくる。
「お待ちのお客様、こちらへどうぞ」
女神の声。
あぁ、もう待てない!
「あたためは結構です」
素早く758円を760円で支払い(※グラタン、納豆の細巻き、マカダミアチョコ)私は再びゲリラ豪雨の中へ駆け出したのだ。
記憶喪失
ビッショビショになりながらも、会社に戻ってまずしたことは彼女の「チン」だった。
3分30秒が待ち遠しい。
少しでも早く会いたい気持ちで、3分20秒に温め時間を短縮し、オレンジの光のなかをくるくる踊る彼女に話しかける。
「ねぇ、私のこと…覚えていない?」
「さぁ…。どうだったかしら。なんせ私は、新商品だから」
…あぁ、狂っている。
過去に出した商品を、期間を置いて販売することで「新商品」と銘打つセブンイレブンも。
過去に出した同じ商品なのに、そしらぬ顔で内容量を減らして「新商品」と銘打つセブンイレブンも。
内容量が減ったのに、過去より値上げした挙句「新商品」と銘打つセブンイレブンも。
狂っている、何もかもがおかしい。
───いや、もしかして、狂っているのはセブンイレブンだけなのかもしれない。
思い出せ、グラタン
「チン」という音ともに、チーズとコーンの甘い香りがレンジいっぱいに広がる。
ああ、見た目も、香りも、何も変わらないのに…
私のことを覚えていない、新商品だなんて。
これではまるで、テニスの王子様40巻~41巻の回で記憶喪失になってしまった越前リョーマくんではないか…。
それなら、私の立場は桃城武。
「思い出せ、越前!」の回の桃ちゃん先輩は、自分と、リョーマくんと、そして青学テニス部が過ごした短くて、されど濃密で長い長い戦いと交わりの日々を1晩で失ったことショックを受けた。そして、最初は感情のままに「思い出せ」「もう一度桃先輩って呼んでくれよ…」とこれまでのふたりが経たテニスを記憶喪失になったリョーマくんにぶつけるも、記憶喪失になったリョーマくんは怯えてしまう。
しかし、記憶喪失のリョーマくんはわけがわからない中でも、彼からぶつけられたテニスの中に、確かに「桃先輩」を感じた。
そして、あの桜の舞い散る季節…。
「テニスコート、どこっすか」「あぁ、あっちあっち」から始まった二人の出会い。
交わすことになった二人の初めてのテニス。
もう一度そこから始めようと、記憶喪失になったリョーマくんへ、誰よりも先に、まっすぐ向き合った桃ちゃん先輩のように。
わたしと彼女も、あの頃に戻ろう…。
アツアツの彼女を、プラスチックのスプーンですくう。
舌が火傷するほどの熱。
あふれるチーズの香り。
香ばしい、ほどよく焦げたコーンの味と、ひとあし遅れてやってくる甘み。
「本当に、帰ってきてくれたのね…」
思わず泣きそうになるが、記憶喪失になって無垢な瞳を桃城に向けたリョーマくんのように、彼女も私に無垢な、コーンのようなつぶらな瞳を向ける。
…おそらく彼女も感じていたのだろう。
私との「繋がり」を。
「ねぇ、私とアンタ、どこかで…」
「…いいの、今はわからなくても。」
言いかけた彼女の口を、私が食べて塞ぐ。
あの時、彼女が私を包んでくれたように、私も今度は彼女を包もう。
「やさしさ」という甘さで。
セブンイレブンへの宣戦布告
…こんな思いはもう、勘弁だ。
もう、彼女を手放したくない。
しかし、セブンイレブンはまた、私と彼女を引き裂こうとするだろう…。
───それなら、私も戦うまでだ!
期間限定商品ならば、通年商品にすればいい。
オタクの私は知っている。
「布教」という行為の偉大さを…!!
手始めに、おもちすぅぷを買い占めた心強い同僚に話しかけた。
「ねぇ…アンタ、お腹すいてない?この世で一番おいしいグラタンがあるのだけど…。」
「あっ!私コーン嫌いやねん!!!」
(完)
みんなもセブンのコーングラタン、食べてくれよな!(^_-)b